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  • 執筆者の写真新住職

「他力本願」のおかげさまで生きていける

6月下旬に東京に行く用事があり、帰りの飛行機までの時間で、築地本願寺に久しぶりにお参りさせていただきました。

「ご無沙汰しています。またお参りに来ましたよ」しっかりと阿弥陀さまの目を見てご挨拶することができました。気持ちが温もります。


さて築地本願寺では、毎月参拝記念に華葩(僧侶が法要等の儀式のときにお浄土に咲く花の花びらに見立てて散らす紙片)をモチーフにしたカードが配布され、自由に取ることが出来ます。今回もいただいてきましたので、お寺でもお分けすることが出来ます。焼香台の脇に置いていますので、お参りいただいたときにご自由にお取りください。



そこに書かれていた今月の言葉は「他力本願」。

裏面には、次のように書かれていました。

「他力本願という言葉は、しばしば「自分の望みを他人まかせにする」という意味で用いられます。しかし、本来は他人の力ではなく、「あなたの苦労は私が引き受ける、まかせよ」という阿弥陀さまの願い(本願)を表す言葉です。生きとし生けるものを救わずにはおれないという阿弥陀さまの強い願いのはたらき、これが「他力本願」なのです。」


私たちは自分を基準とし、自分の願いばかりを全面に出す日々になりがちですが、実は阿弥陀さまのお慈悲の光のもとで、多くのいのちのつながりに支えられ、また過去-現在-未来のそのつながりの中で「あなたは決して一人ではない。どうか、縁あって引き受けたあなたのいのちを、最後のひとときまで、生き抜いて欲しい。私がいつもみまもり、必ず救うから。」と願い誓われた存在です。

阿弥陀さまの誓願は、特に苦悩や孤独、絶望の縁に接した際にとりわけ強い力をもって私たちに働きかけてくれるものであり、いのちの在り方、生き方に関わる大切なものです。その誓願のおかげで私たちは、生きていく力をいただくことができます。


……でも、よく間違われます。


先日も、ある県の選挙管理委員会が啓発ポスターで「他力本願知事」という他人任せなキャラクターという意味でキャッチコピーに用いて、訂正するということがあったようです。ただの言葉の問題ではなく、いのちの在り方に関わる大切な言葉。

せめて、阿弥陀さまのあたたかみを喜び手を合わせるご縁をいただいた者としては、大切にしておきたい言葉だと感じさせていただきました。

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